国家安全保障上の懸念に基づき、対外投資を規制することを目的とした体制を新たに導入するための米国政府の取組みは、2023年8月9日付けの大統領令「懸念国における国家安全保障技術及び製品に関する米国投資に対する対処」(EO 14105、「EO」又は「本大統領令」)により一歩前に進みました。以前から予想されていた本大統領令は、この規制体制がどのように機能するかについての指針を提供するものではありますが、詳細の多くは、今後の議論に残されており、本大統領令の真の影響については不明な部分が多く見受けられます。
本大統領令は、制度の対象について活発に議論及び討論が行われ、想定されたとおりに、対外投資制度に関する行政府の考えを示しています。しかし、本大統領令及び米国財務省が同時に発行した付随する規則案事前通知(「ANPRM」)は、対外投資制度の策定が複雑で時間を要することを認めるものと言えます。
EOは、他の法令を待たずに施行されるものではなく、財務省に規則案を作成することを指示するものです。従って、本大統領令及びANPRMのいずれも、影響を受ける当事者に対して、直ちに影響を与えるものではなく、ANPRMについてコメントする機会を与えるものに留まります。もっとも、最終的な規制は、投資家にとって重大な影響をもたらす可能性が高く、今回の審査体制の制定を巡っては、激しい議論が続くことになると思われます。本稿では、今後制定される可能性の高い対外投資制度に備えるために、今回規則案の検討、及び今後の方向性についての考察を提供いたします。
EO及びANPRMは、米商務省の2022年10月7日付けの先端半導体及びスーパー・コンピュータの追加規制に関する規則に反映された「最大限の利点」の言葉と同様に、「懸念国」(現時点では、中華人民共和国(「PRC」))における一定の技術の自国開発への資金提供を制限することを提案しています[1]。
EOに述べられるように、特定の懸念国とは、「当該国の軍事、諜報、監視、又はサイバー対応能力にとって重要な機微の技術及び製品の発展を指示、促進、又はその他の方法で支援する包括的かつ長期的な戦略を実施している」国をいいます。現在、EOの付属文書に記載されているのは1か国のみですが、懸念国としての指定基準を充たす他の国を追加することを妨げる制限はありません。
また、EOは、この制度の下で禁止対象となり得る又は通知義務の対象となり得る3種類の「機微技術」を以下の通り特定しています。
ANPRMは、これらについての詳細を明らかにしており、中国における半導体及びマイクロエレクトロニクス企業への一定の投資は、禁止対象及び通知義務の対象となる可能性があることが示されています。一定の量子情報技術に対する投資は、禁止される可能性が高い反面、一定のAI分野の企業に対する投資は通知のみで足りる可能性があります。状況によっては、通知が不要となる場合もあり得ます。EOは、また、投資禁止の対象又は通知義務の対象とするべき追加の技術をさらに定義するよう財務長官に指示しています。
また、ANPRMによると、EOの日付より後に行われた投資については、たとえ当該投資が規則の施行より前に行われたものであっても、財務省による照会の対象とすることができるとされています。これは、対米外国投資委員会(CFIUS)において、外国直接投資の文脈で使用されている「ルック・バック」プロセスと同様のように見えます。
しかし、「ルック・バック」が可能ということになると、規制の適用開始日が曖昧になり、安定性が損なわれます。つまり、既存の取引は対象外となりますが、2023年8月9日より後に完了する取引については、新規則の対象となる可能性があり、その場合の正確な規制対象及び規制方法は未だ不明ということになります。
また、財務省は、他の関連機関と連携して、毎年、大統領に対して、実施中の措置の有効性、懸念国での進展、通知対象取引及び関連する資本フローにおけるセクター全体の傾向等について報告することが義務付けられています。
かかる報告には、関連セクター又は懸念国の追加・削除、EOで特定された国家安全保障上の脅威に対処するための他の連邦プログラムの制定・拡大等、本大統領令の修正に関する勧告も含まれることになります。また、EOは、財務省に対し、国家の非常事態が宣言された場合に、議会に対し、定期及び最終の報告を提出する権限を与えています。
EOは、財務省に対し、対外投資プログラムの要件を実施する規則を制定するよう指示しています。財務省は、EOと同時に、計画される対外投資制度の概要を示し、将来の規則策定のために一般からのコメントを募集するANPRMを発行しました(8月14日公表予定)。
このANPRMは、特に意見を募集する83個の質問を提示しています。これらの質問により、対外投資制度がどのように運用されるのか、特定の分野ではどのように運用され得るのかについての政府の見解の一端を知ることができます。
ANPRMは、国家安全保障上懸念される技術又は製品に関連する活動に従事する外国事業体に対する米国人による一定の投資を禁止し、又は当該投資について財務省に対する通知を義務付ける制度の概要を示しています。CFIUSを通じて行われる対内投資審査プログラムとは異なり、財務省は、米国の対外投資についてケース・バイ・ケースの審査を行うことを意図していないとしています。ANPRMは、むしろ、ある取引が禁止されるものであるかどうか、通知を必要とするものであるかどうか、又は通知なしで許容されるものであるかどうかを判断する責任を、取引当事者(主に米国投資家)に課しています。
財務省は、この制度を遡及的に適用する意図はないとしていますが、規則の効力発生日後において、「制度の進展・実施により資する情報を得るため」、EOの日付より後に完了又は合意された米国人による取引に関して情報を要求することができることとされています。
ANPRMは、CFIUSが採用するような不通知プロセスには言及していませんが、財務省は、対外投資プログラムの要件の遵守を監視し、執行するために、同様の制度を採用する可能性があります。
パブリック・コメントの論点
ANPRMでは、提案されている規則の対象となる、EOに列挙された機微技術及び製品の詳細を含む、多くの論点について一般からの意見を求めています。意見募集の主な項目は、以下の通りです。
例外
また、ANPRMは、新たな禁止及び通知義務要件について一定の例外を設ける案についてもコメントを求めています。特に、財務省は、投資の性質上、国家安全保障上の懸念が小さいと考えられることを理由に「対象取引」の定義から除外される取引を特定しています。
そのような除外される取引として、以下のものが想定されています。
特に、会員権、オブザーバー権、指名権、その他対象外国人の実質的な意思決定への関与を含む投資、一定のエクイティの取得、米国親会社による企業内資金移動、拘束力のある未払込みの資本コミットメントは、この例外の対象とはなりません。
財務省が意見を募集しているその他の論点は、以下の通りです。
これらの論点に関するコメント及び財務省の対応は、想定される米国人に対するコンプライアンス負担、及び実施に伴うトレードオフについての財務省の評価にとって有益な情報となると思われます。
ANPRMプロセスの影響
ANPRM及びそれに付随する意見募集プロセスを使用することは、直ちに最終的な規制(又は、国家安全保障の分野ではしばしば行われる暫定的な最終規制)を発行するのとは異なり、政府が最終規制を作成する前に利害関係者の意見を得ることに関心があること、また、投資家が新たな規制に適合するために必要に応じてその運用を調整するための時間的猶予を設けることを示唆しています。
そのため、影響を受ける当事者は、最終的な規制が業界の特有の経験、投資フロー、及び見解を考慮したプログラムを反映される可能性を最大化するため、個人又はグループのメンバーとして、コメントを提出することを検討すべきと思われます。ANPRMについての意見は、電子的に又は郵送で提出することができますが、いずれの場合も2023年9月28日までに提出しなければなりません。
8月2日付のLawFlashで述べたように、2023年7月25日、米国上院は、国防権限法(NDAA)の修正案を承認し、中国への一定の対外投資について通知義務を追加しました。対外投資透明化法(OITA)は、米国企業に対し、一定の中国分野への投資を米国政府に通知することを義務付けるものですが、EOとは異なり、包括的な投資禁止を認めるものではありません。
具体的には、OITAは、半導体、デュアル・ユースのバッテリー、量子技術、マイクロエレクトロニクス、AI、衛星通信、極超音速、デュアル・ユースのネットワーク・レーザー・スキャニング・システム、及び米国の国家安全保障上の利益に関連するとみなされるその他の輸出規制技術に対する投資について、財務省への通知を義務付けています。
また、中国に1つまたは複数の国家重要能力分野に関わる生産、設計、試験、製造、加工、研究等を目的とする子会社又は合弁企業を設立する場合には、通知が必要です。対照的に、また、前述したように、EOは、(1)半導体及びマイクロエレクトロニクス、(2)量子情報技術、並びに(3)AIのみを対象としています。
EO公表の当日のうちに、EOの対象が限定されていることが、議会における論評の対象となりました。中国共産党に関する特別委員会の委員長であるマイク・ギャラガー下院議員は、EOには「PLA海軍の艦隊が通れるほど広い」「抜け穴」があると指摘しました。また、ギャラガー議員は、EOは、「中国共産党系の有害な企業への米国資金の受動的な流れには対処していない」と述べました。一方、ギャラガー議員の民主党の同僚であるラジャ・クリシュナムルティ委員は、EOは「不可欠な前進」だが、「最終手段にはなり得ない」と指摘しました。
これらの問題の多くを管轄する下院外交委員会のマイケル・マッコール委員長は、より具体的に、EOがバイオテクノロジーやエネルギーだけでなく、既存の技術投資も対象としていないことに懸念を示しました。
一方、下院金融サービス委員会委員長のパトリック・マクヘンリー下院議員及び国家安全保障・不正金融・国際金融機関小委員会委員長のブレイン・ルートケマイヤー下院議員は、EO、特に「対象範囲」については満足の意を表明しましたが、大統領による行政命令ではなく、議会が法律を作るべきだと指摘しました。
このような議会のコメントは、EOが対外投資体制の整備に関する最後の手段ではないことを示唆しています。短期的には、議会は、NDAA及び2024年度予算案をめぐる今後の調整交渉の中で、介入する機会があると思われます。
より長い時間軸で見れば、国家重要能力防衛法(現在下院で審議中)と同様に、より広範で制限的な制度を実施すべきであると確信している多くの立場の議員がいることは明らかであり、EOによる対外投資制度が将来の議会や政権によって強化され得る可能性は残されています。影響を受ける当事者は、議会がこれらの問題についてのコンセンサスを模索する間、今後の動向を注視すべきと思われます。
EO及びANPRMは、規則案をプレビューし、審査制度の目的及び範囲を概略し、対外投資審査制度を最終化するために検討されている83個の質問を提示するものです。斬新な法的制度の導入にもかかわらず、対中投資を検討する当事者に直ちに影響が及ぶことはほとんどありません。
ANPRMは、8月14日に公表される予定であり、財務省は、その後、規制案を含むNPRMを公表し、さらなるパブリック・コメントを求める可能性もあります。パブリック・コメントを募集し、米国政府の政策目標に合致した規制体制を構築するという観点からみて、対外投資プログラムを立ち上げるためには、明らかに、まだやるべきことが多く残されているものと思われます。
影響は直ちに生じませんが、結果として制定される制度が投資機会に及ぼし得る影響を分析するのに役立つ、少なくともいくつかの初期的結論が導き出されます。
当事務所の弁護士は、「米国対外投資に関する新たな行政命令の影響」というプレゼンテーションにおいて、これらの問題についてさらに詳しく説明する予定です。詳細はErin Budayまでお問い合わせください。
このLawFlashで取り上げた問題に関するご質問や詳細につきましては、下記までお問い合わせください。
[1] EOは、中華人民共和国に加えて、香港特別行政区およびマカオ特別行政区も「懸念国」リストに挙げています。