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日本投資家企業へのガイド

2023年07月07日

企業の資金をスタートアップ企業に投資するコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)ファンドの数と投資額は、近年著しく増加しており、特にデジタルトランスフォーメーションや気候変動の分野において顕著です。

日本のCVCによるスタートアップ企業への投資は、長期的な視野に立った対象企業とのパートナーシップとして成功する傾向があります。投資を戦略的に決定する際には、キャピタルゲインも重要な要素ですが、その投資を前向きなビジネス・コラボレーションとして捉えることも重要です。

本稿では、モルガン・ルイスの日本コーポレート・ベンチャーキャピタル 投資シリーズに基づき、このダイナミックな市場について、投資、取引条件、雇用、労働要因の観点から投資家が注意すべき点を考察するとともに、ライフサイエンス業界と知的財産(IP)領域についても詳しく見ていきます。

  1. 投資ストラクチャー及びファンド組成
  2. 取引成功の秘訣:重要条件及び留意点
  3. ライフサイエンス業界へのCVC投資におけるIPに関する主な考慮事項
  4. 労働・雇用に関する論点
 

投資ストラクチャー及びファンド組成

CVCファンドにおいては3つの主要な投資ストラクチャーが考えられ、それぞれが異なるリスク軽減があります。

  • 日本からの直接投資: 直接投資ではファンド組成の負担がない反面、日本の投資家が米国での紛争(特にスタートアップ企業関連の紛争)に直接巻き込まれるリスクがあります。また、日本の投資家を米国の課税や監査のリスクから隔離するためにブロッカー・エンティティを置くこともあります。
  • 米国コーポレートファンドを利用した投資: 米国コーポレートファンドを利用することにより、日本の投資家が米国での紛争に直接巻き込まれるリスクは軽減することはできますが、一方で、米国の税法上ファンドが法人として扱われるため、米国ファンドが投資先から受領する配当について、連邦法人税の対象となります。
  • 米国LPファンドを利用した投資: 米国LPファンドを利用することにより、日本の投資家が米国での紛争に直接巻き込まれるリスクを軽減しつつ、パススルー課税によるメリットを享受することができます。LPファンドは米国の税法上パートナーシップとして扱われ、投資先から受領する配当に対して連邦法人税の対象となりません。

ファンドを組成するには、日本及び米国の双方でいくつかの手順を踏む必要があります。以下は重要な注意点です。

  • 日本において、リミテッドパートナーシップ契約及び引受契約の締結前に、投資家が適格機関投資家でない場合には適格機関投資家の届出を実施し、また、法律において定める例外に依拠できる一定の場合を除き、適格機関投資家等特例許可業務の届出を完了する必要があります。
  • 米国のファンドマネージャー及びLPファンドの組成は、デラウェア州が好まれています。
  • ファンド組成に関するコーポレート関連の届出のほか、商務省経済分析局(BEA)に対する届出や米国証券法に基づく届出についても検討する必要があります。

更に詳しく

日本コーポレート・ベンチャーキャピタル 投資シリーズの一環である米国スタートアップに対するCVC投資:前編においてより詳細をご覧いただけます。(日本語によるプレゼンテーションです)

Media Module - Datasource Item: CVC Investments in US Startups Part 1

 

取引成功の秘訣:重要条件及び留意点

以下では、ガバナンスや出口戦略に関する主要な取引条件、国家安全保障その他の潜在的な課題を回避するためのベストプラクティスを詳しく見ていきます。

ガバナンス

  • 取締役選任権又はオブザーバー権利の選択: オブザーバーとして取締役会に出席する権利を保有していても議決権を行使することはできません。 しかしながら、取締役として個人責任を負うリスクを考慮すると、投資家にとって取締役選任権よりもオブザーバー権利の方が好ましいということも考えられます。取締役選任権及びオブザーバー権利のいずれも保有しない場合であっても、発行会社の取締役会に提出された資料の開示を求めることがしばしば行われています。
  • 議決権: 優先株主が普通株主と共に議決権を行使する場合、その議決権の数は、優先株式が普通株式に転換された場合(完全希薄化後)の株式数を基準として計算されます。更に、法律又は定款に基づき、種類株主としてのクラス別投票が要求される場合もあります。
  • 重要事項に関する拒否権: 発行会社や創業者の立場からすると、投資家に拒否権を認めることによって会社経営が制約されるため、どの項目について拒否権を認めるかは交渉上の重要な争点となります。
  • 情報受領権: 投資家が発行会社から財務及び事業に関する情報の提供を受ける権利をいいます。これには発行会社を訪問して調査する権利、発行会社の経営陣と対話する権利も含まれます。

出口戦略

  • 残余財産優先分配請求権: 発行会社が解散・清算した時点の残余財産については、まず優先株主に対して投資金額相当分が優先的に分配され、その後の残額が普通株主(又は普通株主も含めた全株主)にプロラタで分配されます。
  • 償還請求権: 発行会社による償還は法律で許容される範囲内に制限されるため、投資家は償還請求に代わる別の出口戦略を検討しておくことも重要です。

対米外国投資委員会 (CFIUS)

2018年に成立した Foreign Investment Risk Review Modernization Act (FIRRMA) によって、米国外の投資家による米国会社の支配権の取得に加えて、「重要な技術」「重要なインフラ」「センシティブな個人データ」に対する投資もCFIUSによる審査の対象となりました。

FIRRMA制定後、重要な技術に対する投資及び外国政府関係者による投資には、届出を行うことが法律上の義務となりました。法律上の届出義務がない場合であっても、クロージング後にCFIUSによって取引を無効にされるリスクを回避するため、実務上、任意の届出を行うケースが多くあります。

法律上の義務に基づく届出だけでなく、任意の届出又は申告(Declaration)を行うべきかについても検討する必要があります。 CFIUS届出には、少なくとも4~5ヶ月程度(審査期間90日+正式な届出前の準備期間1~2ヶ月程度)かかるのが通常で、投資スケジュールに大な影響を与えるため、取引の初期段階から検討を開始することが重要です。

企業文化の違い

日本企業が米国投資を検討する際に、企業文化の観点からいくつかの課題があります。米国と比較して、日本企業は意思決定を詳細に書面化する傾向にあるため、意思決定のスピードや秘密性を欠くことがあります。また、友好関係を求め、緊張感のある契約交渉を避ける傾向も見られます。更に、世界でもトップクラスの技術を持ちながら、権利行使については消極的な部分もあります。リスクを嫌い、訴訟を回避しようとする傾向もあります。

更に詳しく

日本コーポレート・ベンチャーキャピタル 投資シリーズの一環である米国スタートアップ企業へのCVC投資(後編):取引成功の秘訣:重要条件及び留意点においてより詳細をご覧いただけます。(日本語によるプレゼンテーションです)

Media Module - Datasource Item: CVC Investments in US Startups Part 2

 

ライフサイエンス業界へのCVC投資におけるIPに関する主な考慮事項

日本のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)によるライフサイエンス業界への投資は、ライフサイエンスにおけるイノベーティブな製品やサービスの開発・発展を支援することによりリターンを得ることを目指します。このような投資活動においては、投資対象のベンチャー企業が有するイノベーティブな製品やサービスの「独占」的な価値について、競合他社からどの程度保護されているかという観点から調査することが重要です。

CVC投資家は、IPデューデリジェンスにおいて、以下のようないくつかのステップを踏むことが大切です。

  • 「パテント・ランドスケープ 」の実行:第三者の特許を調査・検討し、競合他社の多い領域や問題となり得る特許技術を特定します。これには、投資対象企業の製品発売・サービス提供開始が第三者の権利を侵害するリスクの有無を確認するための、第三者の特許や公開出願についてのFTO調査(Freedom-to-Operate、侵害予防調査)が含まれます。投資家は、投資対象企業が、第三者の権利侵害の有無や投資対象企業の有する特許の無効可能性について分析し、法的見解(鑑定書)を得ているか否かを確認することもできます。
  • 「パテント・ポートフォリオ」の質のチェック: 発明が特許可能か否か、特許出願の過程において適切な対応が行われたか否か、目的達成のために十分な情報が提供されたか否か等の事項を評価します。優れた特許は、無効審判において無効とされることはありません。なお、一般に、特許請求項の数が多ければ、無効とされない可能性も高くなるため、特許請求項の数を確認することも重要です。
  • 所有権又はライセンス権の確認:知的財産権を有していることを立証するために必要な書類が適切に作成、締結、記録されているか否か、雇用契約上、従業員に権利が留保されていないか等を確認します。知的財産の実施ライセンスを受けている場合は、ライセンスが独占的か非独占的か、ライセンス許諾対象の領域はどこか、出願の権利が付与されているか否か、サブライセンス権が付与されているか否か等を確認する必要があります。
  • 営業秘密の保護:営業秘密を特定し、適切な措置を講じることにより、価値のある情報が社外に流出するのを防ぐことができます。例えば、資料に「機密保持」というラベルを付けること等を積極的に行う必要があります。但し、「機密保持」のラベルを濫用すると逆効果になることもあることにも留意が必要です。
  • 第三者との契約の確認:製品やサービスの開発のために締結される第三者との間の契約には、ライセンス契約、研究開発契約、秘密保持契約、共同研究開発契約、コンサルティング契約、原材料調達契約等、様々な種類のものがあります。このような契約において、第三者との間でどのような情報・技術がやり取りされるのか、対象となる情報・技術がどのように利用され、保護されるのか等を確認することが重要です。

不十分なデューデリジェンスによるリスク

有効かつ適切な知的財産権で保護されていないベンチャー企業には、その取り扱う製品やサービスについて独占的利益を得ることができるか否かに関する知的財産紛争に巻き込まれる高いリスクがあります。このようなリスクを考えると、ベンチャー投資家としては、CVC投資に際して、知的財産紛争の潜在的なリスクとベネフィットを特定・評価し、リスクに対する戦略を構築しておくことが非常に重要となります。

IPデューデリジェンスのポイント

  • FTO調査は、潜在的な投資対象企業が、その技術を特許侵害のリスクなく使用することができるかどうかを確認するために必須です。
  • 訴訟経験のある特許弁護士が、潜在的な投資対象企業の特許ポートフォリオの質を評価することも重要です。
  • 知的財産の所有権・実施権の有無・内容の確認、営業秘密の保護措置、第三者との契約内容の確認等も重要です。

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日本コーポレート・ベンチャーキャピタル 投資シリーズの一環であるライフサイエンス業界へのCVC 投資:重要な知的財産の取扱い及び知的財産のデューデリジェンスにおいてより詳細をご覧いただけます。(日本語によるプレゼンテーションです)

Media Module - Datasource Item: CVC Investments in the Life Sciences Industry

 

労働・雇用に関する論点

日本のCVC投資家にとって、米国スタートアップ企業との関わりには、考慮すべき労働・雇用に関する多くの問題がつきものです。

デューデリジェンスのポイント

  • スタートアップ企業の創業者や主要従業員が離職するリスクを特定するために、徹底したデューデリジェンスを実施すること。スタートアップ企業では、創業者や幹部がスタートアップの技術的・経営的成功に不可欠な役割を担っています。投資後にそれらの重要人物を失うと、悲惨なことになりかねません。また、従業員が会社を辞めて競合他社に就職したり、退社時に機密情報や技術権を持ち出したりすることも、投資に悪影響を及ぼす可能性があります。
    • こうしたリスクを早期に把握し、テクノロジーの権利確保や従業員のエンゲージメント向上など、こうした事態の可能性を低減するための対策を講じるようにしましょう。
    • その他の従業員維持策としては、投資契約における適切なクロージング条件の設定、報奨金やステイ・ボーナスの支給、競業避止義務や勧誘禁止義務などがあります。
  • 重要な従業員の雇用条件について調査する。重要な役員や従業員が株式報酬や投資後の所有権に変化をもたらすような項目を有していないか、また、退職や潜在的な雇用条件の変更によって発生する何らかの支払いがないか、その他雇用に関連して発生する支払いがないかどうかを確認しましょう。さらに、営業秘密、特許権もしくは差別待遇に関わる係争中のまたは潜在的な法的紛争に注意することも大切です。
  • 雇用契約条項を理解する。秘密情報、発明譲渡、競業避止義務や勧誘禁止契約を扱う雇用契約条項は、州によって日本での一般的な理解とは異なる見解が示されることがあります。
  • スタートアップ企業の報酬制度を知る。スタートアップでは株式報酬制度が一般的で、一般的に制限付き株式、ストックオプション、制限付き株式ユニット、パフォーマンス・シェア・ユニットが含まれます。それぞれに特徴や条件があります。

競業避止義務規定

従業員が退職後に競合する事業に従事したり、競合他社と契約したりすることを禁止する契約上の競業避止条項の使用を検討する場合、米国では必ずしも日本と同じ効力を持つとは限らず、その適用可能性は州によって異なりうるものであることに留意する必要があります。さらに、米国連邦取引委員会(FTC)による規則により、これらの条項の使用が禁止される可能性もあります。

スタートアップ投資における重要なポイント

  • デューデリジェンス時に事業遂行に不可欠な役員・従業員を正しく把握し、その対応方針を確認する。
  • 雇用に関する法的紛争の可能性を把握するため、役員や従業員との契約を含むデューデリジェンスを入念に行う。
  • 事業遂行に不可欠な役員・従業員の離職を極力防ぐための条項を投資契約に盛り込む。
  • 役員・従業員個人との契約において、退職後の競業避止義務を課すことは難しくなっていることに留意する。
  • 法務・人事・事業部門を巻き込み、デューデリジェンスやクロージング後の方針を分析する。

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日本コーポレート・ベンチャーキャピタル 投資シリーズの一環である米国スタートアップ企業に投資する際の労働・雇用に関する論点においてより詳細をご覧いただけます。(日本語によるプレゼンテーションです)

Media Module - Datasource Item: Key Labor Employment Issues when Investing in US Startups 

終わりに

日本のCVCファンドが米国のスタートアップ企業への投資を通じて新たなビジネスモデルを開発し続ける中、この複雑でエキサイティングな投資環境をナビゲートするために、これらの主要なツール、洞察、そして基礎知識を有し、常に考慮することが重要であると言えます。